戦いが終わり、ゴロベエがいなくなった。
ヘイハチは、起き上がれるようになった日から、
その日割り当てられた作業を終えると死んだような目をしてゴロベエの墓の前に佇むばかりになった。
いい加減頃合を見てヘイハチを迎えに行く。
それが、自分の日課になっていた。
その日は、帰りがけにいつも見える墓の前に、ヘイハチの姿が無かった。
小屋に帰ると、ヘイハチが食事の準備をしていた。
「お帰りなさいシチさん」
肩越しに向けられる笑顔に、どこか違和感を覚える。
ヘイハチのこんな笑顔を見るのは酷く久方振りだ。
今日は行かなくて良いんですか?問い掛けを口にする前に囲炉裏端に目がいく。
椀と箸が準備されている。
三人分。
「・・・ヘイさん、今日は誰かいらっしゃるんですかい?」
「誰も来ませんよ、どうかしたんですか?」
「いや、椀が一つ多くありませんかね・・・」
背筋を這い上がるような嫌な予感がした。
「私とシチさんと、ゴロさん。 三人分で合ってるじゃないですか?」
首を傾げ、本当に可笑しいものでも見るように、ヘイハチが笑いながら言う。
目の前が真っ白になった気がした。
「あ、ゴロさん、お疲れ様です。夕食の準備が出来てますよ」
ヘイハチが戸に振り返って嬉しそうに声をかける。
戸は・・・、開いて、いない。
「今日は随分早くに終わったんですね」
自分には聞こえない会話が繰り返される。
楽しそうにヘイハチが笑っている。
「シチさんっ!! どうしたんですか!?」
ヘイハチの声に引き戻されると、驚いた臙脂の瞳が自分を見ていた。
涙が、頬を伝っていた。
「いえ、すみません、煙が目にしみちまったみたいで・・・」
あまりに心が軋んで、目を瞑った。
ヘイさん・・・、そんなに、苦しかったですか?
心を壊しちまう程、苦しかったんですか?
アタシ達じゃ、やっぱり、埋められりゃしませんでしたか?
埋めることが出来たのか?
否、土台無理な話だ、自分も良く知っている・・・
「もう!ゴロさん! シチさんに失礼ですよ!!」
ヘイハチの声に、頬を拭いながら聞こえなかったという振りをして首を傾げてみる。
「ゴロさんが、カンベエ殿が恋しいのかって言ったんですよ」
ヘイハチが苦笑いを浮かべた。
「ふっ、ははっ・・・そうかも、しれませんねぇ」
ヘイハチが、少し驚いたような目で自分を見上げてきた。
カンベエ様、貴方ならどうなさいますか?
壊れてしまったヘイハチと、どう向き合われますか?
この笑顔を壊すことが、貴方には出来ますか?
教えて下さい、カンベエ様
「シチさん・・・」
心配そうに見上げてくる瞳に、笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。 さ、ヘイさん、ゴロさん、夕餉をいただきましょうや」
私には、そう言うことしか出来ませんでした
さとみねさまより!
い、いつか来るのではないかと思っていたネタが…!
影膳ネタ、来なかったら私がやろうと思ってました。
いや、何も出来ないシチさん、辛いですね…。
『幸せだと断言できるだろうか』 or 『幸せと不幸の違い』
お題を選んで欲しいとご依頼を受けましたので、僭越ながら選ばせて頂きました。
もし、ヘイさんが全てちゃんと理解していて、その上でどうしようもなくて
影膳を用意して、気持ちの整理がつかないものだからいるように振舞っていたら。
そう考えたので、『幸せと不幸の違い』にさせていただきました。
さとみね様、ありがとうございました!