狂い 花
もう…
終わったと思っていたのだがなぁ…
ゴロベエは随分白くなった短い髪をがしがしと掻いた
“いやですよ、ゴロさんがいいんです”
ヘイハチの声が耳に甦る。それだけで熱くなってくる
ヘイさんのおかげで、某は“狂い花”だぞ
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いきり立つヘイハチは、ゴロベエの指で熱を帯びていた
痛い、か?
…痛く…ない、というか、あの…すごく気持ちいいんです…
自分で…いけるか?
酷か、と思い、ヘイハチの手を取り、包むように握らせる
と、ヘイハチは抗議の眼差しでゴロベエを見上げると、拗ねたように言う
自分でなんかつまらないです…ゴロさんにしてほしいんですよ
…ゴロさんがいいんです。ゴロさんじゃなきゃ、いやです
ヘイハチは場にそぐわない笑みを溢す
…ね、ゴロさんがいいんです
そして、ゴロベエを己に導く
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ヘイハチは布団にうつ伏せになったまま、肩を上下させ、あがる息を整えようとしていた
「…ヘイさん、大丈夫か?」
煙管を手に、身を起こしたゴロベエがその背に声をかける
「大丈夫ですよ。全然平気です」
顔を埋めた枕の下から、くぐもった、それでも明るい声色が返った
「もう、満足というか満悦というか…ふふふ、すごくよかったです」
ころんと身を返し、掛け布団の代わりの薄い布を鼻先まで引き上げる
「ゴロさんとこうしているのが好きなんです」
ゴロベエの腰に両腕を回し、ヘイハチは頬を寄せた
懐こい侍は、見た目のまんま人好きする性質(たち)かと思えば、毀れた刃で人
を斬るような残酷さを隠しもせず、崖っぷちまで追い詰めることに躊躇しない
かと思えば、腹の真ん中に大穴が空いたような空虚な佇まいを見せたかと思うと
…艶然と振舞う
それも、清潔な表情(かお)をして
商売オンナが見せる、コトの前後で様変わりする様子には今さら驚きもしないが、この男の掴みドコロのなさはどうか
掌のうえでころころと楽しげに笑う様子と垣間見せる暗さ。負っている闇を測り
ながらも、あまりの落差を訝しげに思い、魅せられ、惹かれ、距離を取るどころか深まっていく
「ヘイさん、すまんな」
「?」
ヘイハチの肩口に紅い花弁がひとつ、ふたつ。手首に残るゴロベエの指跡
「痛かったろう」
「…いいえ…」
ヘイハチがその跡をゆっくり辿る。
「…ワタシ、こういうの好きなんですよ」
コトの顛末はどうだったか。ゴロベエは反芻する
夢見が悪くて、と顰め面で言うヘイハチの肩に、いつものように手を置いて言った
“ヘイさんはあれやこれやと考え過ぎなのではないか?”
“そうでしょうかねぇ…”
“すべてはなるようにしかならん。人事を尽くして天命を待つ、という言葉もある”
“どこまで尽くせばよいのやら”
“頭を空っぽにせい。理屈じゃ片付かんこともあるぞ”
「では、ご協力をば頂戴いたしたく」。
交わした仕草のひとつひとつが鮮明だ
ヘイハチに首を抱かれ、その重味に逆らわず、床に押し倒した
首筋に噛み付くように口付けて、厚ぼったい衣服越しに股間を掴む
“汚すと…いろいろ面倒なので…”
「自分で脱げます」
照れることなく全裸になるヘイハチの、灼けた顔と見事に対比した白い背中。理性の箍が完全に外れる
額が擦り剥けるだの股関節が外れそうだの、手足を絡ませながらの口先だけの抗いを無視して、ヘイハチに溺れる
「某はヘイさんに精気を吸い取られそうだ」
溜息ともつかぬ苦笑いを浮かべ、ゴロベエはヘイハチの額を撫でた
「…安心しました」
「安心?」
「はい」
ヘイハチはゴロベエの手を取る
「これも…ここも…」
肩口の花びらを辿らせ、手首を触れさせた
「ゴロさんに愛されてる跡なのだと思うと愛しい」
「ゴロさんはすべて悟ってしまって、俗なものなど捨ててしまって、大人以上に
大人すぎて、足掻きたいのに、構って欲しいのに、近づいてはいけないと躊躇います」。
「でも、こんな自分に、生身のゴロさんが残るのが嬉しい」。
春に咲いたはずの花が、眠ってしまった花が、その年二度目の花をつけることを狂い花というらしい
絆されたゴロベエは己の不覚をそれに例えたが、同じようなことをヘイハチが思っていたのは、知らぬが花ということで
散らす無粋は刃の雨か、空を曇らす矢羽の嵐濡れて散るのは紅い花
えみ様より
二回目の投稿、ありがとうございます!
今度は年齢指定物…!!
いやぁ、ヘイハチヤリ手ですねー。素敵。
二度もご投稿有難うございました!ま、まだ一日ありますので、宜しければまたください!
『奥州一言庵』様へ