弥千様より







小説5巻のネタバレ若干含みます。あまり、ハデでは無いので差し障り無いと思います。ご安心を。



湿った空気の澱む、洞窟の中。炎の揺らめきの中に映し出された影が伸びるー。

一つは、がっしりとした長身、もう一つは小柄ながら、均整の取れた影である。



焚き火を前に外を見据えた長身でグレーの短髪と瞳、左頬に大きな傷を持つ

この男の名は「片山ゴロベエ」

大戦時は最前線に身を置きながら、生き残った過去を持つ。



もう一人、焚き火の前で座り込み、必死に矢を作っている。

この男は「林田ヘイハチ」

赤い髪に人懐っこい笑顔で、実年齢より若く見えるが、こちらも大戦経験がある。

最前線には身を置かないまでも、工兵として敏腕を振るった戦歴を持つ。



この”大戦経験者”が二人、奇しくも、同じく大戦の残党、機械の身体を持つ

「野武せり」を撃ち、農民と稲穂を守る為に、この場に並ぶ。

___なんとも、皮肉な話である_____


揺らめく炎を見つめながら、ゴロベエがポツリと話を切り出す。

「明日は、一雨くるな・・。」

「はい?」

黙々と矢を作っていたヘイハチは、手を止めゴロベエに目線をやった。

「いや、キララ殿の、振り子程では無いがな・・雨の前には古傷が痛んでかなわん。」

ゴロベエは鬱陶しそうに頬の傷を撫でた。

「そうですねぇ・・古傷なら、私も身体のアチコチにありますよ?お見せしましょうか?」

いつもの笑顔を向けながらヘイハチは上着ベストを脱ぐ仕草を、おどけて見せる。

「おいおい、風邪でも引いたらどうする?某の様に男では、抱き合う事もかなわんしなぁ。」

と笑いながら、ゴロベエが切り返した、その一瞬、ヘイハチの顔から笑顔が消えた。

それを、見逃すゴロベエではなかったが、敢て、気が付かぬ振りをした。

が、すぐにヘイハチは笑顔を戻すと

「や・・秋ですねぇ・・さすがに夜は冷えます・・。」

と、身を縮めておどけて見せた。

「さっきから、手がかじかんで、矢作りを何本も失敗してます。参りますねぇ・・」

ヘイハチの指さす先に10本程の失敗作が山積みされている。その1本を手にしたゴロベエは

その矢尻を繁々と眺めて言う。

「いや、某には到底出来ぬ”芸当”だ。さすがはヘイハチ殿、その失敗の3倍以上は見事な出来だな!」

「恐縮ですー!」深々と頭を下げたヘイハチだが、次の作業に移ろうと、新木に手を伸ばした。



____その時____ふいに、ゴロベエの手がヘイハチの手を握り締めた。



「ゴ・・ゴロベエ殿?!」普段は笑顔で細められた目が予期せぬ事態に見開かれた。

「冷たい・・な。これでは、上手く出来る物も出来まいてー。」

ゴロベエはニッと笑うとヘイハチの手を己の手で、すっぽりと覆い息を吹きかけ摩ってやる。

「や・・それは、申し訳ないですよ・・ゴロベエ殿。」バツが悪そうにヘイハチはオドオドした。



「この手は・・。」

「えっ?」

「物を産み出す手だな・・。」

炎の中に映し出されたヘイハチの手をゴロベエは瞬きひとつせずにじっと見つめている。

「某の手は人を斬り、命を奪う手でしかない。それなのに、お主の手より暖かいとは・・な。皮肉な

話だ・・・・。」自嘲を込めた笑いをゴロベエは浮かべた。

「いえ・・私の作り出すモノは殺し合いの道具です。人を生かす”米”ではありません」

いつの間にかヘイハチの顔から笑顔は消えていた。

「私の作り出すモノは ”兵器” 己が強くなったと錯覚させるモノであり、女子供も容赦なく一度に殺せる

そんな、悪魔の産物です・・・。」


それから、暫くお互いにまんじりともせず、互いの手を見つめたまま動かなかったが、ふいにゴロベエ

が外に視線をやった。

「そろそろ夜が明ける・・。見張りの交代を知らせてこよう。」

手を離しかけたが、今度はヘイハチが離さなかった。



「ゴロベエ殿・・お願いが・・・・あります。」「ん?どうした」怪訝そうに座り直す。

「もう半時・・いえ、ほんの少しでいいんです、このまま居てくれませんか・・・。」

ゴロベエの胸板にコツンとオデコを宛がい俯きながらヘイハチはポツリと呟く。

「情け無い話です。怖いんですよ・・・いえ、死ぬ事がでは無く、人を斬って狂って行く自分が・・。

カツシロウ君の事を言えませんねぇ・・。はは・・。」

小刻みに震うヘイハチの身体をゴロベエはしっかりと、抱きとめた。



「こんな時代にあって、我等 ”侍” は少なからず皆 ”狂人” だ。只、我等はカンベエ殿やキララ殿

に出会い ”守る” と言う演目を与えられた果報者に過ぎんのだ・・・明日はどうなるか解らぬ。

が、某はやっと自分が自分で居れる場所が出来たと期待もしている。」

「いや、最初ハナから死ぬ気は、毛頭ござらんが・・な。」

「そう・・ですね。私も同じかもしれません。胸に残る傷は戦場に立ち続ける事で癒されるのかも

 知れません・・・。」

「裏切り・・・・か。」

「ご存知で?」不意にヘイハチは顔を上げた。

「いや、そんな気がしただけだ。マンゾウの一件で・・な。」

「ご推察、恐れ入ります・・・。」

「なに、某にも同じ痛みが此処にある故、な。」ゴロベエは自分の袖をグイと引上げ、腕を見せた。

幾分、薄くなって読み取りにくいが、人の名らしきものが、何人もゴロベエの腕に傷として残されていた。

「敵も味方も無い。今際いまわの際の人の願いを裏切った痕だ。」

「戦場で、事切れる前の人間に何度も何度も頼まれ申した・・生きた証を家族の元へ・・と。そんな願い

 さえも、全う出来なんだ男だ、某は・・。」着物の袖を下ろしながらゴロベエは苦笑いを浮かべた。

「あんな時代だ・・・裏切りもまた、一つの流れであったろうさ・・・。」



「そうですね。」ヘイハチはすっくと立ち上がった。身体の震えは、もう、無くなっている。

迷いの無い眼を ”クン” と持ち上げて笑顔を戻した。

「さて!明日は自慢の一撃を本殿にお見舞いしてやりましょう?!あとは、仕上げを・・ご覧あれ・・って、

 所でしょうか?」「その意気だ!!」膝をポンッと叩いてゴロベエが笑う。

やがて、どちらからともなく大声で笑い始めた。

「さて、出来上がった矢を持ち場に持って行きます。ついでに、見張りの交代も知らせてきますよ?」

「かたじけない・・。」

ゴロベエに背を向けて歩きだしたヘイハチだったが、二三歩進むと、ふいに足を止めた。

「ヘイハチ殿?」ゴロベエの声に振り向きもせずヘイハチは小さく呟いた・・。



「お慕いしておりますよ・・ゴロベエ殿」

一言告げると、そのままヘイハチは歩き出す。あっけに取られたゴロベエに背を向けたまま手を振ると

ひょいっと、崖を飛び降りた。

驚いたゴロベエだったが、程無く ”くっくっ” と笑い出した。やがて大声で笑い出すと、歩き出したヘイハチ

に向かって叫んだ。

「お主、つくづく喰えぬ漢よな!!その本心、戦の後の宴席でひっぺがしてやるっ!!」

振り向きざま、いつもの人懐っこい笑顔でハイハチが答える。

「やって御覧なさい!私、酒もソコソコいける口です!!!」

「アッハッハッハ!!!」



朝靄の深い森の中、霧に溶け込む様にヘイハチの姿が消える。ゴロベエの豪快な笑い声も木霊とともに

森の中へと、吸い込まれて行く・・・・。

やがて来る別離の時を暗示するかのように。



登り来る朝日は、これからの怒涛の幕開けを皆に知らしめているかの様である・・・。


(あとがき)

58萌えが来てしまいまして・・どうにも書かなきゃ収まりそうもなかったので、書いてしまいましたともさ。ほんと、この雑食!!

ただ58の場合(特に私にとってのゴロさんは)聖域な方でして、カップリングができません。当然、裏も無しっ!!

私の中ではヘイハチが唯一本心をチラリと見せる相手なんです。でも、そこは、あくまでチラリ。そこが、またツボったり

致します。5は7人の中では1番の大人(精神的に)ある意味ではカン様よりも・・です。

だからこそ、距離を置いた付き合いをしながらも、相手の懐に自然と入り込み、まるで「ナノマシン」の様に傷を癒して

くれるんではないか・・と、言う妄想です。7人だれに人生相談するかって聞かれたら、迷わずゴロさんでしょうね♪




はい、私もゴロさんに相談します。間違ってもカンベエ様にはいたしません。(笑)
ヘイハチ…可愛いですッ!!職人さんの手って、凄く好きです。綺麗じゃないんだけど、凄く暖かい手。
すぐ解ります。ちょこっと本心を見せる(そのくらいしか出来ないのかな)ヘイハチと、そのサインをしっかり受け止めてくれるゴロさんに
激しくやられました。弥千様、ありがとうございました!!またください!