しりたくない
リクエスト@S様
農民達の心の奥に潜んだ闇を象徴するかのような―――。
マンゾウの裏切り未遂事件は、キクチヨのおかげで何とか収拾がついた。
深夜だというのに農民達は靄が晴れたような心地よさで作業に精を出している。
しかし、その中で一人だけすっきりしていないものがいた。サムライのヘイハチである。
表面上は何事も無かったかのように見えたが、少し気が付くものであればまだヘイハチの心に燻る物がある
ということを見抜く位、訳はない。
ヘイハチはただ黙々と作業に打ちこんでいった。
それに気づかぬものは普通に指導を乞い、気づいたものはなるべく今夜はヘイハチに触れないように遠くで見守っていた。
「ヘイさん、ちょっといいか」
真先に気づいてもいいような男が、晴れやかにヘイハチに声をかける。
ヘイハチは丸太の上から表情の無い顔で「どうしました」と言った。
「ま、まずいだよ、ゴロベエ様!」
ヘイハチの心の静かな炎が見えてしまっている農民の一人が、慌ててゴロベエの着物の裾を引っ張った。
「なんだなんだ、何がまずいというのだ」
「今夜は、このままお引取り下せえ」
「なーぜーだー。ヘイさんの力なくてはこちらの作業も捗らぬ。それに、いつもは賑やかな工作班が、今日は妙に静かだな」
なあ、とゴロベエはヘイハチに笑いかけた。ヘイハチは表情をなくしたまま何も言わない。
「ゴロベエ様!」
農民達が三人ほどでゴロベエの裾を引っ張る。しかし、ゴロベエは気にすることもない。
「少しだけ時間をくれんか」
ゴロベエが言うと、ヘイハチは「解りました」と丸太から下りてきた。
「皆さん、暫くここを空けますが、そのまま作業を続けてください」
ヘイハチはそれだけ言うと、行きましょうと作業場を後にした。
「すまんなぁ、夜も遅いのに」
「いえ、時間が遅れたのは私のせいですから」
「気にするな、ヘイさんのせいではあるまい。遅かれ早かれ、起きた事件だ」
「…ゴロさん」
「ん?」
ヘイハチは立ち止まった。ゴロベエハに三歩先に進むと振り返る。
「聞かないんですね。ホノカさんの時もそうでした。私が何故…」
「知りたくないな」
ゴロベエが、ヘイハチの言葉を遮って言った。
「過去に何があっただの、某は興味が無い。重要なのは今だ。
それに、大戦経験者で後ろめたい過去の二つや三つ、あって当然だ」
「……」
「だから、聞かぬ。だが、それが癌になるようだったら…その時は無理矢理にでも聞き出すがな」
ヘイハチは、そうですかと自嘲した。
「ヘイさん」
ゴロベエが力の抜けきったヘイハチの肩を抱いた。
「言いたくなったらいつでも来い。話くらいは聞くぞ」
「すみません」
「無理をせんでよい。心の傷は易々とは治らぬ」
「はい…」
ヘイハチは、すみませんともう一度頭を下げる。
よいよいと、ゴロベエは優しく笑った。
END