MACHINE
珍しいのが来たね。
穴倉の主人は、右手のギミックをガチャリと動かして笑った。
入り口には、肩を落とした小柄な男が立っている。
「何が必要だい?すぐに使えるようなものはないが、あんたの腕ならなんにでもしちまうだろ」
そんな所に突っ立ってないで、入っておいで、と主人はケッケと笑った。
「マサムネ、殿」
小柄な男は、俯いた顔を上げた。
前にここを訪ねてきた時に見せた、屈託のない人の良さそうな笑顔は影をひそめ、
変わりに、疲れた土気色の肌と、光のない目だけが魚のようにこちらを無表情にむいている。
そんな顔をした者は、珍しくない。
マサムネは訳は聞かずに手招きをした。
男はのそりと小熊のように入ってくると、マサムネの目の前に立つや否や、膝を付いて頭を下げる。
「おい、ヘイさん」
流石にマサムネも驚いたのか、男の肩に触れた。
しかし、彼はそのまま頭を床につけた。
「機械に、なりたいんです」
「何を馬鹿な」
「医者を、ご存知ありませんか」
「ヘイさん、落ち着かんか」
「お願いします、どうか―――」
どうか、と男は泣いているようだった。
「そうかい。ゴロさんが死んだか」
「はい」
漸く、男―ヘイハチ―は落ち着いたのか、肩頬を張らして、錆びた機械で埋もれた壁に座り、大人しくマサムネから湯飲みを受け取る。
「滅多なことは、考えん方がいい」
「もう、こんな気持ちは真っ平です」
「ゴロさんを好いとったのかい」
「ええ」
ヘイハチは頷いた。そして、渡された茶を一口飲む。
「心を失った機械たちが羨ましい。もうこんな想いは…したくない。
ゴロさんに失礼だと言われるかもしれませんが…。私にはもう、あの人のいない世界が耐えられない」
「日にち薬さ。あんたもまだ若い。まだいくらでも、あるさ」
いいえ、とヘイハチは首を横に振る。
「あの人ほど愛する人は…きっともう、でてこないでしょう」
「何故解る?」
「なんとなく、です」
ヘイハチは、へへっと笑った。
「この戦が終わったら…。機械になりたい。そうだな、田植えが出来る機械がいい。
私は米が好きだから、美味しい米を作りたい。そうして、カンナ村に置いてもらいましょう」
「ヘイさん…」
「あそこには、ゴロさんが眠っている。ゴロさんの側を離れたくはないが、サムライならば去らねばならない。
だとしたら、ね」
「案山子になるってか」
「はい。墓守を兼ねて」
ヘイハチは、茶を飲み干してご馳走様ですと笑った。
前にここに来た時は、自分を見初めたゴロベエと楽しそうに笑っていたのに。
それなのに、今は機械に身を窶し、墓守をしたいと訴える。
眠れない、とヘイハチは小さく言った。
「目を閉じると、ゴロさんの死に様が浮かんで、叫んで飛び起きる。
苦しくて寒くて、涙が溢れて、眠れやしない。どれだけ空にゴロさんを求めても、あの人はもう戻らない。
もう、嫌です。いっそ機械になって、心を亡くせばこんなことはなくなるのに」
「……まだ、戦は終わってねぇだろ」
はは、とヘイハチは笑った。
「戦が終わって、生きていたらもう一度お願いに上がります」
泊まって行けといったが、ヘイハチは首を横に振って辞した。
「マサムネ殿に醜態は見せられませんから」
マサムネは、もっていけと安眠剤を渡してやった。
ヘイハチは、ペコリと辞儀をすると街の中に消えた。
「サムライも、人間さね」
マサムネは、ヘイハチのいなくなった先をいつまでも見ながら呟いた。
END