浴衣
今宵は、二人で浴衣を着た。
花火だとか蛍見だとか、風流なものの為ではない。
外は雨。時々部屋の明かりに反射して白い雨が混じる。
音もなく静かなものだが、長いものになりそうだ。
「風流と言うか、欝陶しいと言うか」
炊事場の片付け物を終えたヘイハチが、縁側に座るゴロベエの隣に座った。
藍の縞模様の浴衣に、黒の箱帯を締めて、頭より高いゴロベエの肩に頭を預けて寄り添う。
薄墨の上に大きく力強い一本竹を描いた浴衣に、やはり黒の兵児帯を緩く締めたゴロベエは、
そっとその小さな肩に手を置いた。
「煩わしいものでも、風流と洒落込めば幾らかマシだ」
「そんなの詭弁ですよ」
「よいではないか」
クス、とヘイハチは笑った。この人は何時でも笑う。きっと、死ぬときだって笑っているに違いない。
「始めて見る浴衣だな」
ゴロベエがヘイハチの緩んだ片口を、縫い目を摘み上に引き上げて直してやる。
ヘイハチは襟を正しながら「今年仕立てましたから」と笑った。
「ヘイハチの肌は白いから、暗い物を着ると良く映える」
腰を己の膝の上に抱え、軽く開いた襟の間に顔を寄せると、ヘイハチが少しだけ背を反った。
「駄目ですよ」
「駄目か」
ゴロベエは止めようとしない。
「駄目ですって」
ヘイハチは、あははと笑ってゴロベエの頭の後ろに腕を回し、抱えるように胸に押し当てた。
ゴロベエの手は襟の下を潜り、帯の下を探る。鳩尾の上を舐め上げられると、ヘイハチの背がピンとしなる。
ゴロベエの膝に向かい合って座るヘイハチの脚が次第に開き、辛そうに腰を浮かした。
「帯が、解けます」
「構うか?」
「構いますよ。なんだってこんな…」
「構うな」
やっと、ゴロベエはヘイハチの口を吸った。待ち焦がれたヘイハチも、貧るように吸う。
ゴロベエの手が帯の下側から腰に伸びた。するりと下帯を取り去ってしまうと、
ヘイハチは堪らなくなったのか、腰を浮かしたまま、ゴロベエの頭を抱きしめた。
「ゴロさァん」
吐息の混じった甘ったるい声が、縁側の板に溶け落ちた。
ずるり、とヘイハチの肩から、浴衣の半身が落ちる。
行灯の白朱色の小さな明かりの中に、白い肌が浮かび上がった。
腰になんとか残る帯の結び目はまだ解かれない。ヘイハチは煩わしくなってもう半身を脱ぐと、
帯に自ら手を当てた。
「解かぬでも良いではないか」
その手をゴロベエの手が止めた。でもと反論しようとすると、ずるりと指が探る。
声にならない悲鳴を必死に手で抑え、ヘイハチは膝からゴロベエの膝の上に落ちた。
よしよし、とゴロベエの片方の手は背中を撫でてくれるが、もう一つは気の遠くなりそうな音を立てて探る。
浴衣の帯はもう、布地を何とか身体にくくり付けておくだけのものになった。
それでも、ゴロベエは帯をそのままにしておく。
「ゴロさん、もう良いでしょう?」
ヘイハチが薄っすら目を開けてゴロベエを見た。
「苛めて嫌われたら適わないな」
ゴロベエはヘイハチの背中を支えると、リクライニングのソファのように倒してやる。
浴衣の上にヘイハチの背中を横たえ、帯を解いてやる。
漸く開放された身体に、ヘイハチはニッコリ笑ってゴロベエに向かって腕を伸ばした。
「…うっわぁ…」
ヘイハチはのそりと身体を起こし、先ほどまで敷いていた自分の浴衣を広げて肩を落とす。
「どうした」
ゴロベエが暢気に尋ねると、ヘイハチは苦笑してゴロベエの額に小さく口付けた。
「浴衣、明日洗わないと」
「某のも序でに頼む。汗やらなにやらで、着られたものではないからな」
「なにやらで、ね」
「仕方なかろう」
ふっ、と二人は恥ずかしそうに笑いあった。そして裸の肩を寄せ合って、まだ降る雨を眺めた。
「風流、なんですかねえ」
「さぁ」
END
先日のチャットで出たネタです。
本当は修学旅行設定だったんですが、こうなりました。ご勘弁ください。
一応本来の趣旨は全うして…ますか??