大切な人
裸の身体を起こして散らばった衣服を集め、かけ込むように身につける。
もう用はないとばかりに身支度を整える様は、安い娼婦を思い出す。
「忙しない」
まだ煎餅布団でキセルを吹かすゴロベエは、紫煙と共に相変わらずの重装備の背中に
苦笑を噴出した。
「誘ったのは御主だろう。子供でもあるまいしもう少し余韻を楽しまんか」
「ははっ…そういうのはどうも恥ずかしくなる性質でして」
ヘイハチは帽子を被ってグローブをつける。秒針はまだもとの場所に戻っていないのに、
もう、装備完了だ。
「世代の違いという奴かな」
ゴロベエがしみじみと、煙を吸った。
「違いますよ」
ヘイハチは少し笑ってみせる。
「ならば、ゆっくりしていけばよいのに。御主の非番は他の誰より短い」
今回の戦の作戦上の要である村要塞化計画の現場責任者であるヘイハチの休みは、殆どない。
本人も到って真面目な気質だから、時々首根っこを捕まえて蒲団に放り込んでやらねば、
倒れるまで作業しつづけてしまう。
本当に危険な時はゴロベエかシチロージが説教付きで無理矢理寝かせてしまうのだが、
それ以外のこうして蒲団にいる間も、こうして休んでいるわけではないから、どうしようもない。
「この間も、シチさんに『ヘイさんを休ませてやんなさい!自分のことは自分でなさい』と怒られた」
ゴロベエのシチロージの物真似が妙に上手いのだから、ヘイハチは思わず吹き出す。
「シチさんらしいや。でも、私が好きで抱かれるのだから、ゴロさんに罪はない。私から言っておきます」
「ご冗談を。そんなことをしてみろ。年長の癖して管理能力ゼロだと、倍叱られる」
「あはは」
「今夜はちゃんと寝るんだぞ。でないと、シチさんに戸板に縛り付けてでも休ませられるぞ」
「それはちょっと、嫌かなぁ。そんな趣味もありませんしねェ」
ちゃんと寝ますからご心配なく、とヘイハチは笑った。
ヘイハチがブーツを履こうとすると、キセルを置いたゴロベエが手招きをする。
なんだろうと猫のように這って寄ってみると、座れと頭を撫でられた。
「ゴロさーん、あの、そろそろ時間が…」
「構わん」
「構いますよ」
ヘイハチが立ち上がろうとしても、ゴロベエが手を掴んだまま離してくれない。
ゴロさん、と言うはずの唇は、ゴロベエに塞がれた。
「罪は、ゆっくり購えばよい。どうせすぐには消えはせぬ」
びく、とヘイハチの背中に電流が走った。
恐ろしくも不安な顔が、ゴロベエを見上げている。
しかし、その顔はゴロベエの幻だったかのように、気づけば元のヘイハチに戻っていた。
「何のことでしょう」
「生き急ぐな。あの世で恨む連中の傷が風化する位に逝って、後は只管平謝りだ」
「……」
そんなに簡単な罪じゃないんです。ヘイハチは口には出さなかったが、心の中で苦笑した。
私の罪を知れば、貴方はきっと私と顔を合わすのさえ嫌になるでしょう。
そんな仕打ちに耐えるのも仕方がないことなのに、私はそれが出来ないでいる。
大罪を犯した罪人が裁かれずに、のうのうと生きている。
それが許せなくて、でも死ぬほどの勇気はない。
この村で寝る暇なく働くのも、少しでも己の罪科を購うが為。
犯した罪を償うが為。
「ヘイハチ、その時は某も一緒に謝ってやるから」
ゴロベエはいつもの優しい笑顔でヘイハチの頭を撫でる。
俯くヘイハチの心に、ゴロベエの優しさが痛いほど突き刺さった。
抱くだけ抱いて捨ててくれればいいのに。
自分は優しくされていいような人間じゃない。
ゴロベエはとんでもなく優しいから、その優しさが真綿のように気持ちがいいから、つい側にいてしまう。
しかし、その後必ず酷い自己嫌悪に陥るのだ。
ゴロベエは、そんなヘイハチの心を読むように、掬うように抱きしめた。
「某は御主がどんな悪人でも構わんよ」
「天下の大犯罪人でも?」
ゴロベエは頷いた。
「某もそれなりに背負っておる身だしな。とやかく言える綺麗な人間でもない。
己の罪を認められぬ者より、罪を購おうと足掻く者の方が好みだ」
「好みって…」
ヘイハチは笑った。すると、漸く笑ったなとゴロベエも微笑む。
「某は…そうだな、某だけではない。皆御主が大切だ。このパーティーでは御主がおらねば回っていかぬ」
「そんなことはありませんて」
「いや、そうだぞ。何よりヘイハチがおらねば某の士気が一向に上がらぬ」
「嬉しいことを」
ヘイハチの腕がゴロベエの裸の背中に回る。しがみ付いてくるヘイハチの力の大きさに、
ヘイハチの背負った罪の大きさが伺えた。
「大丈夫だ。誰も御主を責められはせぬ」
「私が何をしたかも知らないくせに」
「なァに、これでも侍歴は御主より長い。年の功って奴だ」
ゴロベエはヘイハチの身体を蒲団の上に横たえた。そして、首筋に接吻を落とす。
「今宵はこのまま休め」
ヘイハチは少し考えたが、頷いた。
ゴロベエは、本当に優しい。欲しい言葉を次々と言ってくれる。
それが気持ちよくて、誰かに必要とされるのが素直に嬉しくて、その挙句愛してしまった。
幸せになれるなんて思ってないから、期待はしない。けれど、優しいから頭のどこかで愛し愛される未来を妄想してしまう。
「私は、ちゃんと朝まで休みますから。だから、一人にしてください」
ゴロベエはヘイハチを撫でてゆっくり頷くと、ゆっくり身支度を整えると小屋を出て行った。
一人になったヘイハチは、ゴロベエの残り香が移った蒲団を抱きしめ、泣いた。
END
こんなんばっかりですみません。58はすれ違いだらけ…??
ハチ、ゴロさん好き好き―って言いながら、いざとなると怯む…のか??