米粒
カンナ村、東に位置する、吊り橋に程近い岩陰。
適当に座って、遠くの荒廃した赤い砂を見ながらゴロベエは考えていた。
あちらさんは、こことは別世界。この村はこれほどまでに青々として、そして黄金の実りを迎えているのに、
ついこの間まで歩いていた大地の荒れ果てようといったら、ない。雑草一つ生えぬ岩と砂の世界に、どうして
このカンナの村のようなオアシスが出来るのだろう。
ぼんやりとしながらも、その影に本当の思いを抱えながらゴロベエは座っていた。
先ほどから手に持ったままの、緩く綺麗な三角形を留めたままの握飯の表面がそろそろ乾燥してしまう。
それほどまでに、ゴロベエは考えていた。
どうやってこのカンナ村を守るか。否。
いやいや、それは少し言い過ぎである。それもあるが、といった塩梅か。
最近、と言ってもここ二三日の話なのだが、寝ても冷めてもゴロベエの脳裏から離れぬ残像がある。
さらに酷いことに、気づけば現実に飛んで跳ねて米を食うこの実像を追い求めてしまっている。
「不覚というか、何と言うか」
ゴロベエは独り言の後に、笑った。
不覚などと言ってしまったら、コマチ、ああそれに蛍屋のユキノあたりに怒鳴られそうだ。
キクチヨに知られたら思い切り囃したてること間違いなしだろうし、
カツシロウやキララに言わせたら、「運命」などとむず痒い台詞で綺麗に夢の世界に奉られそうだ。
シチロージなどに言わせたら苦笑されるだろう。カンベエには…自ずからなど言える筈がない。
ヘイハチに言ったら。
「ご冗談を!」
ゴロベエはふぅと息をつくと、一口握飯をぱくついた。
仄かな甘味が口の中に広がり、塩味がほんのりと効いていて何ともいえぬ素朴で贅沢な味わいを見せる。
ここの村に来てから、ゴロベエもヘイハチ宜しく本当に米が美味いと感じるようになった。
「ゴロさーん」
呼ばれて下を見下ろすと、この岩山を螺旋に昇ってくる道に、竹の水筒を二本抱えたヘイハチが手を振っていた。
「お茶、要りませんか?用意していただいたので持って来ました」
「かたじけない」
ゴロベエが手を振ると、ヘイハチはこちらに走ってくるとゴロベエに水筒を渡してやる。
「よくここが解ったな」
「何を仰る。いつもここにいるじゃありませんか」
「そうだったかな」
「無意識ですかー?もしかして」
ゴロベエは成人男子の平均より、大きい。
逆にヘイハチは、小さい。
二回りも、下手をすると三回りも体の大きさが違う二人は、仲良く肩を並べて座った。
「ヘイさん、昼飯は?」
「さきほどいただきました。いやぁ、このカンナのお米はどうしてこんなに美味しいんでしょう。
最初にいただいた時の感動が、毎度毎度口の中に甦る。人間大抵のことには慣れてしまうものですが、
未だに慣れることがありませんよ。それだけ美味しいってことですかね」
ヘイハチは決して無口な方ではない。けれど、米の話になるとよく喋る。
集まった侍の中でも唯一、農民の目的に準じた米に釣られたサムライで、無類の米好きなのだ。
「美味いか」
「ええ、まったく」
「それなら、こういうことをしてはいかんな」
「え?」
ゴロベエはヘイハチの頬に一粒ついていた米粒をとって、彼の目の前に見せてやる。
するとヘイハチが「あ!」っと、面目なさそうに笑った。
「これはこれは。なんとも勿体無いことをするところでした」
ヘイハチが米粒に向かって深々と頭を下げる。そして、ゴロベエの指から米粒をとって、口に入れる。
「そこまで食うかな」
「ええ、食います」
にっこりとヘイハチが笑う。この笑顔が、何とも良いのだ。
「ヘイハチ、もう一つ」
「え?」
ゴロベエがそっとその頬に口付ける。
「ちょ、ゴロさんっ?」
「とってやる」
「ゴロさん、ちょっと、待ってくださいっ!」
ヘイハチがゴロベエの顔を無理矢理上げさせて、真っ赤になって目を細め、恨みがましそうに軽く睨む。
「米粒なんて、ついてないでしょう?」
「ははっ、解ったか?」
「…ゴロさん。昼間から噛むのはナシです」
「なら、何がいい?」
「何でも駄目です。それも、こんな見晴らしのいいところで」
ヘイハチが、今の行為を誰にも見られてやしないかとキョロキョロ辺りを伺う。
そんなヘイハチに、ゴロベエが豪快に笑った。
「それなら心配に及ばん。リキチに聞いたのだが、ここはカンナ村で有名なデートスポットだそうだ」
「知らなかったことになりませんかね」
「あっはっは、そうしよう」
「ははは…」
ゴロベエは、ヘイハチの笑顔がたまらなく好きなのだ。
一回り以上も年の離れた彼に、今更ながら冗談ではないお粗末な恋をした。
これは不覚、というより幸せというべきなのかもしれない。
END
ヘイハチ片思い気味ですが、そんなことはないんです。
ゴロさん、表に出さないだけです。
だからヘイハチが空回りするんです…。