ダレカサン
そう言えば、ガキの頃。
だから、ずっとずっと大昔。
真夜中に「ダレカサン」がやってきて、遊びに誘うという話を聞いた。
「ダレカサン」と遊びにいった子供は、もう二度と村に帰ることはなかったらしい。
…というのは、前フリでこの話にはオチがある。
「ダレカサン」が遊びに誘うのは剣術、勉強、家の手伝いもろくにしない悪い子だけなんだそうだ。
要は某にドンピシャって、訳だ。
「遊びませんか」
「ヘイハチ、あのな。御主、人の寝床に気配を絶って近づくのは良い趣味とは言えぬぞ」
「気配など絶ってはおりませんが」
カンナ村の山深くに作られた、一人か二人が寝られればせいぜいの、小さな仮眠用の簡易な掘っ立て小屋にぽっと明かりが燈る。
ヘイハチが携帯用の小さな灯台に灯りをともしたのだ。
「ヘイハチ、後生だ、寝かせてくれ」
ゴロベエが一旦起こした岩壁のような上半身をくるりと器用に反転させ、ゴロリと寝転んだ。
行く、かな?
ゴロベエが暫くヘイハチの動かぬ気配を探っていると、ふっと明かりが消えて小さな窓から差し込む青白い光と闇の世界に戻った。
すると、ゆっくりとゴロベエの上に暖かい重みが加わる。諦めてはいないようだ。
「そのままで構いませんよ。あとはこっちで好いようにやりますから」
ヘイハチは目を細めるといとも簡単にゴロベエの衣服を探り、かつて知ったる用に腰紐を解く。
「お前な…」
ゴロベエが茶化すような呆れたように溜息を付くと、ヘイハチは反対に真剣な目を向けてきた。
「まだ若いんですから、仕方がないでしょう」
「三十路に片足入ってて、若いねえ…」
「少なくともゴロさんよりは若いですよ」
ヘイハチは慣れた手つきで下帯に手を掛けた。そこでようやくゴロベエがヘイハチに触れるのだ。
いつものように。
ヘイハチの荒れ放題の髪を、石を連ねたような指が梳く。そして、引っ掛かる。
ヘイハチはその手を取って、その指に、指の又に舌を這わす。
「不毛なことは止せ」
「不毛じゃありませんよ。私は必死です」
「某も大概だが、御主も大概だな」
「何を今更」
ゴロベエは腹を使ってゆっくりと上半身を上げ、ヘイハチを己の上着の上に寝かせる。
いつもより早くゴロベエがその気になったのを見て、ヘイハチは「珍しい」と目を細めた。
「ゴロさん、こんなのは私のいつもの手口でしょうに。今夜はどうして」
「少しは黙らんか」
ゴロベエが苦笑してヘイハチに口付ける。
ややあって、唇が離れるとヘイハチは本当に嬉しそうに笑い、そのままゴロベエの首を抱き寄せた。
「…ッ」
ヘイハチは思わず服の袖を噛む。
声を出すなどみっともない真似は出来ない。どれだけ痛くても、又その逆でも、絶対に声などは出さない。
先ほどの携帯用灯台の油が滴るゴロベエの指が、中を探るのだ。
ヘイハチはゴロベエの着物の上に思い切り爪を立てる。
本来の用途を無視した行為なのだから、多少の痛みは仕方のないこと。
「ヘイハチ」
辛いか、と闇で表情も見えないのに、そう問われているような気がする。
ヘイハチは首を横に振ってゴロベエの首筋に小さな接吻を落とす。
ぐい、と太ももが大きく広げられ、足の裏が天井を向いた。
「…ぃ…ッ」
ぐい、と内蔵を押し上げられる感覚がして、ヘイハチは痛みに目をぎゅっと閉じた。
この感覚だけはいつまでも慣れることが出来ない。 しかし、この痛みが癖になっていたりもする。
「ゴロさん」
額に汗を浮かべたヘイハチが、悲しそうな笑顔でこちらを向いていた。
「遊びましょう??」
ゴロベエが突くと、ヘイハチの肩が揺れた。
痛みは最早快感に変わったのか、ヘイハチはしきりに何度も求める。
そして自ら腰を振る。
つい、声が出そうになると袖を噛んで必死に堪える。
どんな涙かは解らないが、目じりから雫が零れると、それをゆっくり掬い取ってやる。
すると何とも嬉しそうな顔でその手に頬を寄せるのだ。
「ゴロさん、中で出して良いですから」
「駄目だ。身体を壊す」
「大丈夫ですから」
ヘイハチは、ね?とゴロベエの顔を見上げた。
「遊びは気持ちよくなきゃ、つまらないでしょう?」
「ヘイハチ」
ゴロベエの目は嗜めるようにヘイハチを貫くが、ヘイハチはふいとその視線を外す。
「私も結構限界でして。早く出して下さい」
声音だけは明るい。
自分の下で抱かれているヘイハチの横顔はこんなにも淋しそうなのに。
「ヘイハチ、御主もいけ」
「や、ちょっと、駄目です、ゴロさんっ――!」
ゴロベエが腰を使うのと同時に、手でヘイハチを直に追い込む。
ヘイハチの声音はあっという間に小さな喘ぎになり、また袖の壁に押し込められる。
「袖を外せ。楽になるぞ」
「い、やです」
「構わぬ」
ゴロベエがそっとヘイハチの歯から袖を外してやる。そして。
「いっ、あッ…」
ヘイハチは己の甲高い声など始めて聞いたのか、驚いて慌てて口を塞いだ。
ゴロベエはそれだけは認めてやり、そのままヘイハチを頂点まで誘う。
「や、あッ、ゴロさん…ッ」
「ヘイハチッ」
ヘイハチが思い切りゴロベエの背中に爪を立てた。そして暫く痙攣したように動かなかったが、
その後力無く木の葉のように剥がれ落ちる。
その背をゴロベエが優しく受け止めてやっていた。
「ゴロさん?」
「ん?」
「あの、ちゃんといけました?」
「ああ、御主のおかげでな。心配するな、中には出しておらぬ。年の功って奴だ」
「…馬鹿」
「結構結構」
ヘイハチはもそもそと起き上がると、下帯を探す。
「なんだ、もう行くのか?」
ゴロベエがヘイハチの背中に問うと、いつものあの笑顔がこちらを向いていた。
「ええ。遊びは終わりましたから」
「遊びか」
ゴロベエはヘイハチの腕を取って、力任せに引き寄せた。
ヘイハチはその力の作用するまま、ゴロベエの胸の中に収まる。
「遊びなら、何故淋しそうな顔をする」
「…しておりませんよ」
「ほら、その表情だ」
ヘイハチはゴロベエを見上げた。
何かを言いたくて仕方がない。でも言えない。絶対に言えない。そんな表情。
一緒にいるのが嬉しいくせに、とてつもなく淋しい。
言ってしまったら楽だ。どんな結果であれ、楽になる。
けれどここは戦場。己のその一言が未来どのように作用するかを考えたら…絶対にいえなかった。
ヘイハチは何か言いかけて、それが音になる前に口の中で掻き消した。
そして、ゴロベエの腕を振り払い急いで身支度を整える。そして引き戸の手前でこちらを振り返った。
「私を憐れに思うなら…又遊んでください」
それだけ言い残し、ヘイハチはカタンという小さな音と供に引き戸の向うに消えた。
ゴロベエは知っている。
この後、ヘイハチは一人になって泣くのだ。
先ほどのように嗚咽を噛み殺し、痛むであろう胸を押えて。
「不器用な、奴だな」
ゴロベエは、久し振りに仄かに沸き出でた懐かしい感情をそっと胸の奥に閉まった。
この思いを告げたら、ヘイハチはどんなに喜ぶだろうか。けれど、戦場はそれを許さない。
けれど、ヘイハチが泣いて、どうしようもない思いを抱えて苦しんでいるのを放っておくことは
今のゴロベエには出来なかった。
ゴロベエは幼き日に聞いたあの寓話を思い出した。
「ダレカサン」に連れて行かれた悪い子は、もう二度と帰ってこないと。
「某は十分悪い、な」
戻れなくても、何とかなるだろう。
今までもずっとそうしてきた。
「ヘイハチ!」
いつの間にか身支度を終えていたゴロベエは、ヘイハチを追って小屋を飛び出した。
END
拙宅の作品でしたが、続編をこちらに上げたので持って来ました。